福岡高等裁判所 平成7年(う)274号 判決 1996年10月01日
主文
原判決中被告人に関する部分を破棄する。
被告人を懲役四年に処する。
原審における未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入する。
当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
検察官の本件控訴の趣意は検察官佐々木英雄提出(検察官百瀬武雄作成)の控訴趣意書に、これに対する答弁は弁護人川副正敏、同大神昌憲連名提出の答弁書に、弁護人の本件控訴の趣意は弁護人川副正敏提出の控訴趣意書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。
第一 弁護人の控訴趣意中、事実誤認、法令の解釈適用の誤りの主張について
所論は、要するに、原判決は原判示第三の事実として、被告人が原審相被告人橋本純一(以下「橋本」という。)と共謀の上、福岡県太宰府市国分五丁目一七番一〇号所在の川畑好久ら五名が現に住居に使用している木造瓦葺二階建居宅一棟(延べ床面積一六〇・二三平方メートル、以下「本件家屋」という。)に放火してこれを全焼させた旨認定判示しているが、本件家屋は本来空き家であり、本件放火までの一定期間、被告人の指示によって、被告人が当時経営していた有限会社ファーストオートの従業員川畑好久ら五名が交替で本件家屋に寝泊まりしていた事実はあるものの、右寝泊まりの実態は単に本件家屋に人が住んでいるように仮装したに過ぎず、本件家屋が人の日常的な生活の場となっていたわけでなく、そこに常時人が所在している蓋然性も高かったとはいえないから、このような家屋は刑法一〇八条にいう現住建造物に該当しないというべきであることに加えて、被告人は本件放火の三日前である一一月一八日の段階で同日以降本件家屋に寝泊まりに行かないよう従業員らに指示し、かつそれが実行されたことによって、本件家屋における右寝泊まりの実体は客観的にも主観的には全く失われたことからするならば、被告人には本件家屋について人が現住しあるいは現在することに対する故意が全くなかったというべきである。したがって、本件放火は非現住建造物等放火罪を構成するに過ぎないのに、これが現住建造物等放火罪に該当すると認定判示した原判決には証拠の評価を誤り事実を誤認し、ひいては刑法一〇八条の解釈適用を誤った違法があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。
しかしながら、原判決挙示の関係各証拠によれば、本件家屋が客観的にみて現住建造物に該当し、かつ、被告人において現住建造物を焼燬することの事実認識、すなわち現住建造物等放火の故意を有していたことを優に認定することができ、これらの点に関して原判決が「事実認定の補足説明」の項において説示している内容は基本的に肯認することができるというべきであるから、原判示第三の事実について、原判決に、所論のいうような事実誤認、法令の解釈適用の誤りはない。以下、所論にかんがみ説明を補足する。
すなわち、関係各証拠によれば、本件家屋は、もともと建築業を営む松尾勝が所有し居住していたものであるが、同人が事業に失敗して本件家屋から退去し、その倒産整理に乗り出した橋本から、被告人に対し、平成三年(以下、月日のみ記すものは全て平成三年である。)二月ころ、本件家屋は優良な資材を用い念入りに施工された高級建物であって高値で転売でき土地・家屋に付されている抵当債務を差し引いても儲かるという話が持ち込まれ、その勧めに従って被告人は被担保債権額合計四二二〇万円の抵当権が設定されていた本件家屋とその敷地(二七〇・二一平方メートル)を抵当権の負担付きのまま代金として現金一〇〇〇万円を支払いかつ八〇〇万円相当の高級自動車ベンツを引き渡す約束の下に購入し、そのころ所有権移転登記手続を経由したが、期待したような転売ができないうちに、七月五日には抵当権者から抵当権実行の通知が、更に九月四日には裁判所から競売開始決定(八月二八日付け)の通知が被告人のもとに届いたこと、このころ被告人は、本件土地家屋が競売手続で安値で売却されてしまうと利益を得ることができなくなることを懸念し、橋本と相談して、本件家屋に人が住んでいるように見せかけ居住権を主張することで競売手続の進行を妨げその間に自分達で有利な買受先をさがすこととし、九月四日付けで被告人の従業員である松下誠の住民票を本件家屋に移すとともに、実際に従業員らがそこで生活しているように装うため同人や同じく従業員の川畑好久らに命じて適宜衣類等の荷物を本件家屋内に運び入れさせ、かつ同家屋に日刊新聞の配達をしてもらうよう業者に手配し、更に従業員が交替で本件家屋に出向いて夜間点灯してくるようにしたこと、一方、かねて橋本は競売手続が開始される以前から本件家屋に火災保険を付し保険事故を発生させて保険金を入手する方法もあるなどと口にしていたが、競売手続が開始され任意の転売が困難になった後その方法によることを一層強く被告人に持ち掛けるようになっていて、被告人も少しずつこれに気持ちが傾き、九月下旬から一〇月上旬にかけて本件建物やその中の家財について簡易保険加入者協会、福岡県民共済生活協同組合、全国労働者共済生活協同組合連合会、三井海上火災保険株式会社などの各火災保険につぎつぎに加入し、その保険金額の総額は、被告人名義によるものが本件家屋について約一億七九〇〇万円、家屋内の被告人の家財について一八〇〇万円、従業員川畑好久及び同松下誠が本件家屋内に運び入れた家財について川畑名義で合計五〇〇万円、松下名義で合計約八〇〇万円に上ったこと、それらの火災保険に加入した際、被告人は、本件家屋は立地が不便なので被告人自身は住んでいないが、被告人が経営する有限会社ファーストオートの社員寮として使用中であり、前記川畑及び松下らが現に居住しているなどと申し向けたこと、そうこうしている間の九月二七日ころ、台風一九号が来襲して本件家屋に付属する倉庫が母家に倒れかかってガラス戸が破損し、不用心となったこともあって、防犯上の意味合いもかねて、夜間従業員を交替で本件家屋に寝泊まりさせることとなり、一〇月上旬ころから、被告人の指示により、前記川畑、松下のほか同社従業員の田上徳雄、チャールス・ニールス・ネルソン、竹田幸治ら五名が休日以外は毎日交替で本件家屋に寝泊まりに行くようになったこと、その際、川畑と松下はそれぞれ本件家屋の勝手口扉の鍵を所持していたほか、会社の壁に同鍵が一個掛け置かれ、他の従業員らはこれを用いて本件家屋に出入りしたこと、本件家屋には水道、電気、ガスのいずれもが供給され、ベッドが設置され寝具が用意されていたほか、冷蔵庫には常時ジュースなどが入れてあり、宿泊した従業員らはテレビを見たり風呂に入ったりして過ごしていたこと、その頃の水道の九月の使用量は八立方メートル、一〇月が一六立方メートルと記録され、またガスの使用量は一〇月分が一三・二立方メートル、一一月分が一四・八立方メートルとそれなりの量に達していて、近隣の人も秋ころから「ヤクザっぽい若い男数人」が本件家屋で寝泊まりするようになったのに気付き、「ヤクザが住み付いている」と噂をするに至っていたことの各事実が認められる。
このように、本件家屋はもともと人の住居としてそれに適するように建築されたものであるうえ、その現実の利用形態も前記のとおり、日常生活に必要な寝具、炊事用具、風呂等の設備があり、一〇月上旬から一一月一六日まで休日等を除き従業員らが交替して宿泊し、その目的として前記のとおり本件家屋に人が住んでいるように見せかけることのほか、台風でガラス戸が破損してからは不用心とならないために保安上の目的も加わっていたのであって、近隣の住民の目からみてもまさしく本件家屋に人が住み付いたと感じ取れる状態に至っていたことが明らかである。
ところで、平成七年法律第九一号による改正前の刑法一〇八条が、人の現在する同条所定の建造物等のほか、人が現在しなくとも現に人が住居として使用している建造物等をもその客体とし、これらに対する放火を現住建造物等放火罪として特に重く処罰しているのは、公共財としての住居を保護すると同時に、住居はその性質上人が出入りする可能性が高いことから人の生命・身体に危険を生ぜしめるおそれが少なくない点を考慮したものと考えられ、したがって同条にいう「現に人が住居に使用し」とは、現に人の起臥寝食の場所として日常使用されているという客観的状態が存在すれば足り、その使用が継続的であると断続的であるとを問わず、いわんやその家屋等が人の生活の本拠として使用されているとか昼夜間断なく人が現在することまでは必要としないと解するのが相当であり、既にみてきたような本件家屋の日常の客観的使用形態に即してみるならば、本件家屋はまさしく同条にいう現住建造物にあたるといえるものである。したがって、本件を現住建造物等放火罪として処断した原判決は正当であって、これに所論のいうような事実誤認、法令の解釈適用の誤りはないといわなければならない。
所論は、被告人は競売妨害等の目的で本件家屋に人が居住しているように装っただけで、その具体的な偽装態様からすれば現に人が住居として本件家屋を使用しているといえるだけの実体がないと主張するが、前記のように保安上の必要からも従業員を寝泊まりさせるようになったことが明らかであるから、単に人が居住しているように装っただけとはいえないし、仮に人が居住しているように装う目的だけであったとしても既に述べたような本件家屋の具体的な使用状況を客観的にみるならば、本件家屋がいわゆる現住建造物に該当するというべきことは明らかである。また所論は、一一月一六日夜に竹田幸治が本件家屋に宿泊した後、一七日は日曜日で宿泊者はなく、一八日夜にチャールス・ニールス・ネルソンが宿泊する予定になっていたが、翌一九日午前九時に被告人と前記従業員らが沖縄旅行に出かける予定であったことから被告人の指示によりチャールスには本件家屋に泊まりに行かなくてよいことになったこと、一一月一〇日ころ有限会社ファーストオートに就職した村中博樹は、就職して間がなかったことから一一月一九日からの沖縄旅行には同行しなかったが、同人が被告人らの沖縄旅行中の本件家屋への宿直を申し出たのに対し、被告人は別に行かなくてよいと答え、一七日以降本件家屋に寝泊まりすることがなくなったことにより本件家屋の現住性は失われたとも主張するが、関係証拠によれば、被告人が従業員を連れて沖縄旅行に出掛けた留守中に本件放火が決行される手筈になっていたことが認められ、そのような状況下で、被告人は一一月一八日に川畑を通じてチャールスにその日には本件家屋に宿泊しないでよいと伝えたに止まり、従業員全員に対しこれ以後は本件家屋に最早宿泊しなくてもよい旨を明示した事情は全く存在せず、前記従業員らとしては沖縄旅行から帰ってくれば、再び本件家屋への交替での宿泊が継続されるものと認識しており、松下は自己が保管していた本件家屋の勝手口の鍵を沖縄に持参していたことも認められるばかりでなく、一一月一八日は被告人と橋本が本件家屋に灯油入りのポリタンク約二〇個を持ち込んだり、かねて本件家屋に搬入していた衣類調度品のうち高価なものを火災から免れさせる目的で運び出したり、消火活動を妨げる目的で本件家屋付近の消火栓のケースの上蓋をそれが容易に開かないように接着剤で接着してまわるなどの本件放火の準備活動をした当日であって、この日に本件家屋に従業員を宿泊させると、その者に放火準備を気付かれる可能性があり、また、被告人が従業員を連れて沖縄旅行に出掛けた留守中に本件放火を敢行する手筈になっていたことからすれば、そのとき村中を宿泊させたとすれば、村中が本件放火の犯行を目撃等する恐れがあり、更に同人が火災の被害を蒙ることになる可能性もなくはないので、これらの不都合を未然に防止除去するためにその期間中従業員に本件家屋への寝泊まりを差し止めたものとみるのが相当である。したがって、被告人がチャールスの一一月一八日の宿泊を解除し、村中に沖縄旅行中の宿泊は不要であると申し向けたからといってこれにより本件家屋の従前の客観的使用形態まで変化したとみることはできない。
しかして被告人は、放火で本件家屋が焼失してしまえば最早本件家屋に従業員らが交替で寝泊まりに行く必要もなくなることは当然認識していたものの、もともと放火が実行されるか否か、それにより家屋が焼失してしまうか否かは将来の未確定な事象に属するうえ、もとより従業員らに放火のことは明かしてなく、したがって被告人としては、本件家屋が放火で焼失することを知らない従業員らは沖縄旅行から帰れば再び本件建物への寝泊まりが継続されると考えているであろうことを当然認識していたとみられ、実際にも火災で焼失することがなければ従前の経緯からして再び従業員による本件家屋への寝泊まりが再開されるであろうことが客観的に予測されるから、その意味で客観的には本件家屋の日常の使用形態が沖縄旅行の前後を通じて変わらず、放火の客体の客観的性状がそのようなものであることを被告人自身が認識、予見した状態で本件放火が実行されたものということができるのであって、以上述べた諸事情を総合してみるならば、原判決が被告人に現住建造物等放火罪の故意が存在したと認定したのも相当というべきである。
第二 検察官の控訴趣意中、法令適用の誤りの主張について
所論は、要するに、原判決は、罪となるべき事実に対する法令の適用として、原判示第三の所為につき刑法六〇条、一〇八条を、第四の所為につき、同法六〇条、二四六条一項、二五〇条を各適用し、第三の罪について有期懲役刑を選択した上、同法四五条前段、一〇条により、重い第三の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で、被告人を懲役三年に処する旨を判示しているところ、右法令の適用によって導き出される処断刑の下限は懲役五年であるから、原判決は、処断刑の範囲を逸脱して宣告刑を定めた誤りを犯しており、右誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。
そこで、検討するに、所論指摘のとおり、原判決は、原判示第三の事実につきこれが改正前の刑法六〇条、一〇八条に該当するとした上で所定刑中有期懲役刑を選択し、詐欺未遂罪との併合罪加重をし、これによる処断刑の範囲が懲役五年以上二〇年以下であるにもかかわらず、刑の減軽に関する規定を何ら適用することなしに被告人に対し右処断刑の範囲を下回る懲役三年の刑をもって処断していることが認められるから、原判決にはこの点において判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがあるといわなければならない。原判決はまずこの点で破棄を免れない。
第三 検察官、弁護人の各控訴趣意中、量刑不当の主張について
検察官の所論は、被告人を懲役三年に処した上、五年間刑執行猶予付保護観察を言い渡した原判決の量刑は、犯情に照らしてみても、また、共犯者との刑の均衡や同種事犯に対する科刑の実情にかんがみても、その刑期及び刑の執行を猶予した点において著しく軽きに失し不当であるというのである。弁護人の所論は、本件は非現住建造物等放火罪にあたるというべきであるから、これを前提とすれば被告人を懲役三年、五年間刑執行猶予付保護観察に処した原判決の量刑は重すぎて不当であり、仮に現住建造物等放火罪で処断するとしても酌量減軽を施した上原判決の量刑をそのまま維持されたい、というのである。
そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、本件は、被告人が橋本と共謀の上、(1)被告人所有の本件家屋を焼燬して火災保険金を騙取しようと企て、一一月二一日午前零時四〇分ころ、本件家屋において、橋本が、灯油入りビニール袋合計約二五袋を、一階階段下物置、二階寝室の床上など家屋内数か所に配置した上、一階八畳仏間の灯油の浸潤した畳上、次いで右一階階段下物置内の新聞紙にそれぞれ簡易ライターで着火し、右物置の天井部に燃え移らせて火を放ち、よって、川畑好久ら五名が現に住居に使用している建造物を全焼させてこれを焼燬し(原判示第三の事実)、(2)一二月一八日ころ、原判示第四の三井海上火災保険株式会社福岡支店博多支社において、先に被告人及び橋本において放火した本件家屋及び家財に付されていた同会社との間の合計保険金額一億三五〇〇万円の火災保険については、同家屋の焼失原因が保険契約者の放火であるため約款上保険金の支払いを受けることができないのに、右放火の事実を秘匿し、保険金請求書等の書類を同会社営業係員稗田昇に対し提出して右火災保険金の支払いを請求したが、同会社係員が右放火の事実を知って右火災保険金の支払いを拒絶したため、騙取の目的を遂げなかった(原判示第四の事実)という現住建造物等放火及び詐欺未遂の事案であるが、右(1)の犯行の動機は、もともと転売して利益を得ようと目論んで入手した本件土地家屋が売れなかった上、抵当権者の申立てにより競売手続が開始され競落により剰余金が出る見込みがなく被告人が出捐した購入代金が丸損となるおそれがあったことから、本件家屋や家財に多額の火災保険をかけた上、これに放火して火災保険金を騙取し投下資金を回収しようと企てたもので、全くの私利私欲から出た犯行というべきこと、その犯行の態様は、住宅がかなり建ち並んでいた住宅地である本件現場において、予め多量の灯油を本件家屋内に持ち込み、火災の際に消火栓を使えなくして消火活動を妨げる目的で周辺に設置されていた消火栓のケースの上蓋を接着剤で接着させるなどした上、橋本において、人々が寝静まっていた深夜に放火を実行したもので周到に準備された計画的犯行といえること、被告人自身も予めポリタンク入りの灯油を買い集めて本件家屋に搬入し、消火栓ケースの上蓋を接着剤で接着するなどしてその準備行為を分担していること、放火を実行するのは橋本が依頼する職業的放火集団であると誤信していた事情が認められるとはいえ、被告人としてはプロの放火者に報酬を支払って放火の実行行為を行わせ、自らは放火の当日に従業員を連れて沖縄旅行に赴くことでアリバイ作りをし完全犯罪を狙ったもので卑劣、悪質というべきこと、たまたま本件家屋周辺で深夜のゴミ収集作業に従事していた者が本件放火後いくらも経過しない時点で火事に気付き、早期に消防署への通報がされ適切な消火活動の結果本件家屋は全焼したものの幸いにして付近への類焼は免れたが、それでも本件家屋に隣接する片嶋剛輝方の立木の枝の一部を焦がしており、類焼の危険は相当程度あったといわなければならず、また、深夜の火災として付近住民に与えた不安感と恐怖感には顕著なものがあり、その者たちの被害感情は未だに強いものがあること、更に、本件家屋には前記のとおり抵当権が付されており、その目的物を消失させたことにより抵当権者にも損害を被らせるなど、関係者らに及ぼした影響にも多大なものがあったこと、次に(2)の詐欺未遂について、被告人は、(1)の犯行後、三井海上火災保険株式会社に対して虚偽の被害申告をした上で、極めて執拗に保険金の交付を要求し、暴力団風の人物を伴って強談に及んだり弁護士の手をかりて保険金請求の訴訟まで提起するに至っており、被告人の要求に対応することを余儀なくされた保険会社がそのために支出した費用は約三五〇万円にのぼったことなどに徴すると、本件各犯行は極めて悪質なものといわなければならない。
弁護人は、仮に本件家屋が現住建造物にあたるとしても、その現住建造物性は極めて希薄で、実際にも本件放火のときには本件家屋に寝泊まりする筈の従業員らは被告人とともに沖縄旅行中で、現実に人の生命・身体に対する危険はなかったとみられること、(1)の放火を被告人が決意するに至った経緯として、実際には橋本が自ら放火の実行をする意思であったのに、被告人に対し既に放火のプロに本件家屋への放火を依頼して五〇〇万円の手付金を支払っている、いまさら後へはひけないなどと嘘を言い、虚言と恫喝を交えて被告人の決断を迫ったという事情が認められること、本件放火の後、橋本は放火のプロに支払う報酬等といって被告人から合計二四五一万円を受け取っており、このような経緯からすると橋本は被告人に本件家屋を購入させた時点から本件の筋書きを目論んでいたとみるほかなく、被告人は橋本にはめられたといわざるを得ないこと、被告人が執拗に保険金を請求したのも橋本に言われてのことであり、その保険金詐欺も未遂に終わっていること、仮に火災保険が支払われたとしても査定価格及び抵当債権額からみて被告人が利得できる余地は皆無であること、本件が発覚した後、被告人は、本件家屋の一番抵当権者に一一七〇万円を、二番抵当権者に六〇〇万円を支払って示談し、相手方の宥恕を得ていること、また、太宰府市に対し五〇万円の贖罪寄付をし、更に、阪神大震災被災者への義援金を贈り続けていること、妻や実父が被告人の監督を誓約していること、被告人には少年時代の前歴はあるものの、道路交通法違反関係を除くいわゆる一般前科はないことなどを指摘し、被告人のために酌量減軽をした上原判決の量刑をそのまま維持すべきであると主張するが、被告人の反省の態度が顕著であること、本件放火のために現実に人の生命・身体に被害を生じなかったことは所論のとおりであるとしても、既に述べたように類焼の危険がなかったとはいえずその意味で人の生命・身体に対する危険は生じていたといえるのであり、また、被告人が橋本の虚言を交えた執拗な説得に乗せられたとしても、結局は本件家屋を転売できたならば得られたであろう利益を得たいという私利私欲から本件犯行に及んだことは明らかであるから、所論はその責任を橋本に転嫁するものというほかない。原判決は、本件が実刑相当の事案であるとする一方で、被告人が犯行後被害弁償その他考えられるあらゆる方法によって反省の態度を示していること、被告人が橋本から多額の金員をしぼり取られるなど、この種犯罪が割に合わないことを身を以て示し、既に相当程度の制裁を受けていると評価できるとし、今回に限り刑の執行を猶予するのが相当であると判示するが、被告人の反省の態度が顕著であることは前記のとおりであるとしても、本件犯行後に被告人が橋本に騙取されたという二四五一万円も、もともと被告人の認識としては放火のプロに依頼して本件放火を敢行するというのであるから、いずれにしても放火の実行犯に対して相当額の報酬の支払いを覚悟していたものであり、その心づもりとして一〇〇〇万円ないし一五〇〇万円くらいを考えていたのが予想より若干高くついたというに過ぎないから、被告人が放火の実行犯である橋本に二四五一万円を支払ったことをもって被告人にとって特に同情すべき情状とみるのは適当でなく、むしろこのような大金を支払うことができるような金銭的余裕がありながら、なおかつ本件のような保険金目当ての放火の犯行までしてあくまで利欲心を追求しようとしたことを問題視すべきである。してみると、本件放火によって人身の被害は生じなかったこと、他に類焼することも免れたこと、保険金詐欺は未遂に終わったこと、被告人にさしたる前科がなく、本件に対する反省の情が顕著であることなど、被告人のために酌むことのできる諸般の事情を十分併せ考慮しても、被告人を懲役三年に処した上、その刑の執行を猶予した原判決の量刑は、前記の犯情並びに同種事犯に対する科刑の実情にかんがみ、更に共犯者の橋本が別罪の詐欺が併合罪として加わっているとはいえ懲役六年に処せられていることとの均衡に照らしてみても、刑期の点においても、その刑の執行を猶予した点においても軽すぎて不当であるといわなければならない。してみると、弁護人の論旨は理由がないが、検察官の論旨は理由があり、原判決はこの点においても破棄を免れない。
よって、刑訴法三九七条一項、三八〇条、三八一条により原判決中被告人に関する部分を破棄し、同法四〇〇条ただし書に従い、当裁判所において、さらに次のとおり判決する。
原判決が認定した原判示第三、第四の各罪となるべき事実に法律を適用すると、原判示第三の所為は、平成七年法律第九一号による改正前の刑法六〇条、一〇八条に、原判示第四の所為は同法六〇条、二五〇条、二四六条一項にそれぞれ該当するところ、原判示第三の罪につき所定刑中有期懲役刑を選択し、以上は前記改正前の刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い原判示第三の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をし、なお既に述べたような犯情並びに諸般の情状を考慮し、同法六六条、七一条、六八条三号を適用して酌量減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役四年に処し、同法二一条を適用して原審における未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入し、当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。